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레이운인

Reoun-in

霊雲院

사찰

東福寺塔頭。明徳元年(1390)岐陽方秀(ぎようほうしゅう)によって創建。日露戦争時、ロシア人の捕虜が東福寺全体に1,500人おり、当院にも当時50人、明治38年(1905)3月24日から11月19日まで、84日間収容されていた。捕虜収容中に手造りされていたギター、バイオリン、タンバリンなどが当院にて記念として置かれている。書院前庭には、寛永年間(1624~1644)に肥後藩主細川忠利・光尚父子から贈られた「遺愛石」と名付けた須弥台と石船が庭園中央に鎮座しており、地面の波紋は須弥山の九山八海を表していることから「九山八海の庭」とよばれ、また方丈の西側の茶褐色の鞍馬砂など様々な砂を用いて模様をつけ雲を表したといわれる「臥雲の庭」は、戦後の重森三玲によって復元されたものである。

지도

출처: 京都府 관광시설 일람 (CC BY 4.0)

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